香港は 今

すっかり無口になってしまった香港人

僕が初めて香港にきて住んでいた15年ほど前の香港人にたいする印象は「うるさい」だ。それから「がさつ」Tシャツじゃなくて少し黄色味を帯びてのびきったランニングシャツに黒光りする皮膚にくっきりとしわの筋が走っている老人がしゃがみこんでいるイメージだ。食べ物をくちにいれたまま大声で怒鳴り散らす。当然、口のなかの「もの」が勢いよくピーンと飛び出す。相手はとんできた「もの」をうまくよけながら同じように怒鳴り返す。かと言って言い争っているわけではない。我慢してきいていると広東語独特の9つもある声調と上がり調子の語尾がなぜか意味は分からずとも心地よく聞こえる瞬間が見えるから面白い。繰り返すが決して意味は分からないのだけれど(笑

悪い印象はない。そんな香港人が最近はすっかり無口になってしまった。食べ物をたべながら大きくくちを開けて喋りまくるようにあけっぴろげな自由だった香港人は僕の周りからはいなくなってしまった。1842年イギリスがアヘン戦争を経て清国から割譲されて植民地化した土地が香港だ。西洋文化が息づく都市でありプライベートに対する意識は日本よりもしっかりと根付いている。特にインターナショナルスクールに入学する生徒たちは入学すると最初に先生から「決して周りのお友達には触れていけない」ときつく教えられる。当然、安全面を考慮しての指導でもあるのだけれどプライベートの領域を自覚させる教育の側面もあるのだ。そんなプライベート意識を守りながらもうるさくてがさつさをもった人々が僕が知る愛する香港人だ。そんな香港人がすっかり居なくなってしまったのだ。

2019年11月だった。僕は会社の同僚から中国で新種のウィルスが発生したと初めて聞かされた。彼はSARS(2003年に発生した重症急性呼吸器症候群)の再来だと言って少し笑っていた。それから香港に限らず世界中の人々の生活や人生までもが一変してしまった。ただ僕が思うに香港人は生活や人生だけではなく人格までをも2020年から2022年、23年を強制隔離、自主隔離をマスクといっしょに過ごしているうちに抑え込まれてしまったようだ。すでに2万人以上が域外に移住してしまったと聞く。カナダ、イギリス、アメリカ、オーストラリア等々

僕のようなここ香港にすんでいる「外国人」にとっては10数年前と今とでは特段、不都合や不便さは感じていない。インターネットへのアクセスには制限はないし電気・水道・ガスといった生活インフラは変わりようもない。物価はふつうに上がってはいるが僕の目にはいたって平和に映る。僕だけが鈍感なわけではないと思っている。それでも目に見えて分かる変化がある。大陸からの観光客や移住者の急激な増加だ。その分、香港人が無口になっていっているような気さえする。プライベートは身近な人にも話さない。頑なに口を閉ざす。僕が愛するそんながさつな香港人が本人さえも気づかないうちに変わっていく。時の流れが緩やかにと祈ることしかできない。